【公開日:2020/10/15】
校正者は毎日、文字を見ない日はない、と言っても過言ではない。では、文章を読むのか? 当然、どんな内容の文章なのかを初めに頭に入れておくことは必要である。さらに、その案件、クライアントの要望にもよるが、私の場合、まず読まない。勿論、きちんと読む校正者もいる。なぜ読まないのか? 「見続ける」のである。この方法が自身には合っているのだ。邪道であろうが、長年、校正をしてきて色々試した結果である。初めの1 ページを10分ぐらいかけて見続けていることもある。そのとき、体裁、ポイントになると思われるキーワードなど、出来る限り、頭に焼きつける。文字として見ているのでなく形として見ている。
そう1 枚の写真のように…。記憶を山積していく。
速読といえば、すぐに思い起こされるのは司馬遼太郎氏であろうか。生前、大阪の古本屋に通っていた元上司は必ず店主と話しながら本をペラペラめくって物色している司馬氏を見た。後に司馬氏と話し仲間になった彼によると、物色していたのではなく話しながらペラペラと本をめくり、内容も理解した上に誤字まで見つけていたそう。5 分で文庫本一冊は軽く。司馬氏に限っては特殊能力であろうが、やはり文字を追うのではなく、瞬時に右脳を働かせ次々と転写していき映像として記憶を重ねると同時にポイントを整理していく。まるでカメラのシャッターを切り続けるかのように。
私にはそんな能力はないので、ひたすら文字を見続ける毎日が続くのだが…。
机の上に校正ゲラの束…。さて、ここからはスピード勝負。一通り眺めた後、一気に進める。波に乗ればコッチのもの…。著者はご自身の書かれた文章をじっくりと読まれるのは当然でしょう。だから校正者は朱書きも勿論見るが、その他の部分、柱、ノンブル、字下げ、文字ズレなどに注力する。昔、上司から「またボーッとしてるのか!」とよく声をかけられた。それから5 年…。「1ミリのズレに気づけば全てが見えるようになるよ、大丈夫。ただ、手は抜くなよ」と、微かな笑みと励ましをもらうことができるようになった。
基本は校正だが、場合によっては推敲作業を求められることもある。その場合は文章をじっくり読み直して、おかしな所をチェックし、修正していくのは勿論のこと。かくて、著者と一緒に成長していけるよう、文字やことばと奮闘している日々。
同じことばでも、前後の文章によって異なる意味あいを持つことになる。校正者にとって、そこを認識できるかどうかは、重要なエスプリになる。そのあたりの機微を、最近見た映画─『海よりもまだ深く』のなかで、感じることができた。ことばを観る映画として、耳に響くものがあった。
大俳優・樹木希林のインタビューをご紹介する。
──「それでも楽しくね、毎日を」というセリフと「それでも毎日を楽しくね」というセリフが全く違うシチュエイションで使われてる。こういう微妙にニュアンスの違う「ことば」があちらこちらに散りばめられてるから適当なアドリブ演技ができないのよ、全て計算されてるから、ね」(笑)。
夢見た未来と違う今を生きる 元家族の物語。
元家族が教えてくれたものは……
海よりもまだ深い 人生の愛し方。
興味がある方は、ぜひご覧あれ。